Report & News
2021/12/17

ロバート・モンダヴィ・ワイナリーとシャトー・メルシャンが考える、これからのワイン文化

「⽇本を世界の銘醸地に」というビジョンを掲げ、⽇本ワインを牽引してきたシャトー・メルシャン。⼭梨の勝沼、⻑野の桔梗ヶ原と椀⼦、3か所にあるワイナリーから⽇本ワインの魅⼒を発信しています。中でも2019年にオープンした椀⼦ワイナリーは、世界で初めてワイン・ツーリズムを確立したカリフォルニア、ナパ・ヴァレーにあるロバート・モンダヴィ・ワイナリーから多くのインスピレーションを受けて建設されました。今回はそのモンダヴィから世界のワイン事情を知るマスター・オブ・ワイン、マーク・デ・ヴィア氏を迎え、シャトー・メルシャンのブランドマネージャー、神藤亜矢と共にワイナリーの在り方、そしてワイン産地の発展について活発な意見交換を行いました。

インタビューを担当したのは、ワイン講師、ワイン専門通訳として活動する小原陽子氏。ロバート・モンダヴィとメルシャンのセッションを、小原氏の視点でレポートいただきました。


マーク・デ・ヴィア
大学卒業後にイギリスのワイン販売会社などに勤務、その後オーストラリア、ニュージーランドのワイナリーに従事。1997年マスター・オブ・ワインに合格後アメリカのナパ・ヴァレーへ移住し、ロバート・モンダヴィの普及・啓蒙活動のために世界中を飛び回る。
※イギリスに拠点を置くマスター・オブ・ワイン協会が認定するワイン業界最難関と言われる資格。

シャトー・メルシャン チーフ・ブランドマネージャー
神藤 亜矢

メルシャン入社後、1998年~1999年(約6か月)英国留学にてロンドンを中心としたイギリスにおけるワインビジネス及びマーケティングを学ぶ。帰国後マーケティング部で約10年間、輸入ワインブランドマネージャーとして、ロバート・モンダヴィ、コンチャ・イ・トロなどの新世界ブランド及びシャンパーニュ、カバ等、数多くのブランドを担当。2017年4月以降はマーケティング部にて、ポートフォリオの刷新、桔梗ヶ原ワイナリー、椀子ワイナリーの計画・建設に携わる。「日本を世界の銘醸地に」というビジョン実現のため、国内外でシャトー・メルシャンのブランディング活動を精力的に行っている。


 
 

日本とカリフォルニア。全く異なる環境でもワインに求めるものは同じ

「シャトー・メルシャンが目指すワイン、それはフィネスとエレガンス。私たちは決してパワフルなワインを造ることはできません。でも、自然や景色と完璧な調和を見せる日本庭園のように、バランスの取れたワインを造りたいですね」-神藤亜矢

「ナパ・ヴァレーは日本とは環境が異なりますが、ロバート・モンダヴィの目指すところもフィネスとエレガンスです。ただ、自然からは否応なしにパワーを与えられるので、それをフィネスにつなげるのがカギです」-マーク・デ・ヴィアMW

シャトー・メルシャン、ロバート・モンダヴィそれぞれのワイナリーで大切にしている哲学を問うと、両者から「フィネスとエレガンス」という言葉が返ってきました。

「『フィネス&エレガンス』とは、シャトー・メルシャンにとって、日本庭園のようなワイン造りと言えます。ベルサイユ宮殿のような見事な噴水はありませんし、力強くパワフルなスタイルではありませんが、突出したものも欠けるものもなく、全体を通じてバランスのとれた『調和』という日本らしい価値観を大事にしています。」と神藤。

一方、繊細なワイン造りに向いている温暖湿潤な日本の気候とは対照的に、カリフォルニアは乾燥した地中海性気候から生み出されるパワフルなスタイルが典型です。そんな中で「たとえパワーを感じたとしても、飲み手に寄り添うフレンドリーさのあるワイン、興味をくすぐり、一歩一歩深めていきたくなるワインを造りたいのです」とマーク。さらにこんな言葉が続きます。

「『ワインを飲む』という経験を通じてテーブルに花を添え、そのテーブルの先にナパ・ヴァレーが見えるようなワインを造りたい」-マーク・デ・ヴィアMW

この言葉を聞いて浮かんだのは「センス・オブ・プレイス=生産地の感じられるワイン」というフレーズです。これは多くの生産者が口にする「テロワール」にも通ずる、ややもすれば使い古された言葉でもあります。しかし、マークの言葉からは人々を楽しませるために心を砕いてきた創立者ロバート・モンダヴィ氏の想いをしっかりと受け継いできたモンダヴィの姿勢が明確に伝わってきました。そして彼らの誇るカベルネ・ソーヴィニヨン リザーブやフュメ・ブランはまさに、ナパ・ヴァレー、オークヴィルにある畑やワイナリーとテーブルをつなぐ道となるべきワインと言えるでしょう。

そんなワインを生み出すために重要なのは「畑を理解すること」とマーク。モンダヴィでは55年間におよぶ長い経験の中で、畑の区画ごとの違いまでを完璧に把握してワイン造りを行っています。

同様にシャトー・メルシャンは1970年代という早い時期から、品種特性と産地の相性をいち早く検討し始めたワイナリーです。2019年に開設された「シャトー・メルシャン 椀子ワイナリー」も、2003年の植樹からじっくりとブドウと向き合い、満を持して設立されました。これほど植樹からワイナリー開設まで時間をかけるのは非常に珍しい例と言えます。

「長い時間をかけ畑を熟知してからワイナリーを設立したことには大きな意義がありました」-神藤亜矢

「それだけの貴重な時間を畑に費やすことができたのは、あなたたちにとって宝ですね」-マーク・デ・ヴィアMW

この二人の会話から、日米で環境は異なれど、フィネスを追求するためには畑を知ることが重要で、その地の特性を明確にワインに反映させることを目指すという共通点が見えてきました。

 
 

ワインを楽しむことを伝える意義

ワイン造りという視点とともに、椀子ワイナリーの設計・企画にも深く関わってきたのが神藤です。モンダヴィにも何度も足を運び、そこで受けたインスピレーションを強く椀子ワイナリーに反映させてきました。醸造設備については醸造家たちと綿密な打ち合わせを繰り返し彼らに最適な環境を整えた一方、何よりもモンダヴィから神藤が強く影響を受けたのは「人々を楽しませる」という精神だといいます。

「良いワインを造ることはもちろん大切です。でも、消費者や地元の皆様がワインを楽しめる場を提供すること。モンダヴィから学んだのはそこですね」-神藤亜矢

 椀子ワイナリーでは実際に、定期的なワイナリーツアーの開催や、ワインとともに上田市の食材・食文化の魅力を発信するマルシェの開催など、地域の方にも観光客の方にも楽しんでいただけるイベントを行っています。また、モンダヴィでは世界的に有名なジャズやR&B、ポップスのアーティストが参加するサマー・ミュージック・フェスティバルや、ポール・ボキューズ、ジャン・トロワグロなど世界の偉大なシェフを招聘してのクッキングスクールなどを開催し、ワインと食や音楽をつなぐ楽しみを多くの人々に提供しています。

ただし、まだ日本でのワイン飲用率は高いとは言えません。この点で、ワイン文化が定着していなかった55年前のカリフォルニアで、世界で初めてワイン・ツーリズムを確立したロバート・モンダヴィから学べることは多いでしょう。「当時はワインがどんな飲み物で、どうやって楽しむかというところから消費者に伝える必要がありましたからね」とマーク。その言葉からもワインが文化に浸透しているとは言えない土地では、消費者、そして地元の人々へワインの情報を広く提供することが、地域や国を代表するワイナリーに求められる重要な役割の一つだとわかります。

「ただ気を付けなくてはいけないのは、『消費者の教育』という言葉の解釈です。『教育』とは難しいワインの知識を与えることではありません。ワインは知識がないと飲んではいけないものだ、というような居心地の悪さを与えるべきではないのです」-マーク・デ・ヴィアMW

ワイン愛好家とそうでない人の間に立ちはだかるこの壁は、しばしば軋轢を生み出すことがよく知られています。「ワインというのは食卓に付加価値を与えるものであるべきです。確かに知識があればワインを一層楽しむこともできるでしょう。でも、知識がないから楽しめないと思わせてしまう飲み物であってはなりません。ただ栓を抜いてグラスに注ぐ。それだけでいいはずです」。ワインの知識という意味で世界の頂点に立つマスター・オブ・ワインからこの言葉が発せられたのは非常に印象的でした。それを受けて神藤も大きく頷きながらこう重ねます。

「ワイナリーではブドウ畑を見て、ブドウに触れ、畑にそよぐ風を感じることができます。そんな経験こそがワインを知るということなのかもしれませんね」-神藤亜矢

実は、ロバート・モンダヴィもシャトー・メルシャンも、ワインの生産だけでなく、優れたワイン・ツーリズムに取り組むワイナリーを表彰する「ワールド・ベスト・ヴィンヤード」においてそれぞれ北米およびアジアでのベスト・ヴィンヤードに選ばれています。ワイナリーの存在意義とは「ワインを楽しいものにする場所」だと考える両者だからこそ、その受賞がかなったのだと感じられる一幕でした。

 
 

無名の地域を銘醸地として確立するためにワイナリーがすべきこと

日本はワイン生産国として、まだまだ世界に広く知られているとは言えません。しかし、日本を代表するワイナリーであるシャトー・メルシャンの目は常に世界を向いています。その背景には現代日本ワインの父と呼ばれ、シャトー・メルシャンにも多大な貢献をした故・麻井宇介氏の「日本からも世界に通ずるワインが造れるはずだ」という思想があります。

またシャトー・メルシャンは、業界のリーディングカンパニーとして得られた豊富な経験と、その経験から得た知見を日本のワイン業界にあますところなく提供することで日本のワイン産業の発展に大きく貢献してきました。

この方針は、ワイン造りだけでなくマーケティングの面にも反映されています。

「日本のワイナリーの多くは世界に出ていくことがまだまだ難しい状況です。それなら、大手である我々がまず世界に出て、そこでの経験を国内に共有するという役割を担うべきだと思います」-神藤亜矢

神藤はKOJ(甲州オブジャパン)という、主にイギリスをターゲットとしたプロモーション活動にも参画し、世界有数のワイン市場であるロンドンの空気も、日本ワインのブランディングの難しさも肌で感じてきたといいます。そんな神藤は、無名のワイン生産国としてインターナショナル・ワイン・チャレンジ(IWC)やデキャンター・ワールド・ワイン・アワード(DWWA)などトップレベルの審査会でシャトー・メルシャンのワインが高い評価を得ることは、日本の存在を世界に発信するために重要だと強く感じています。

かつてカリフォルニアも世界では無名のワイン産地でした。ロバート・モンダヴィはそんなカリフォルニアを世界のワイン地図に載せた立役者の一人です。

「カリフォルニアでロバート・モンダヴィが意欲的に行ったのは、カリフォルニアワインが大量生産のデイリーなワインであるという認識を、プレミアムなワインであると変えていったことです。そういう意味で、シャトー・メルシャンがIWCやDWWAで多くのメダルを取ってきたことは大きな意義がありますよね」-マーク・デ・ヴィアMW

シャトー・メルシャンは世界最大級の権威あるワインイベント「ニューヨーク・ワイン・エクスペリエンス」に継続的に招待されている日本唯一のワイナリーでもあります。この実績もまた、世界の名だたる生産国と肩を並べて世界のワイン愛好家と接することで、日本のワイン生産国としての認知度を上げることに貢献しているといえるでしょう。

マークの次の言葉からも、ワイナリーだけではなく常に地域、そして国全体のことを考えることが、無名の地域を銘醸地として確立するため、リーディングカンパニーが担うべき役割であると伺い知ることができます。

「自社のワイナリーだけではなく、常に地域全体のプロモーションをすることがロバート・モンダヴィの教えです」-マーク・デ・ヴィアMW

 
 

長期的な視野で取り組むべきサステナビリティ

こうしてワインの銘醸地としてその地域を確立していくためには、地域との共生も重要な課題です。ロバート・モンダヴィもシャトー・メルシャンも、地域との関係づくりには力を注いでいます。

そもそも椀子の畑は遊休荒廃地でした。生物多様性を考慮して再生された畑には今、失われていた植生や昆虫などが戻ってきていますし、子供たちに農業体験ができる環境を提供するなど、シャトー・メルシャンは様々な形で地域社会との結びつきを強めてきました。もちろん、テイスティング・ルームを完備したワイナリー自体も多くの人のくらしに付加価値を提供していると言えるでしょう。

モンダヴィは更に広い視野で地域との共生を進めています。中でも力を入れているのがサステナビリティです。現在カリフォルニアワインの80%以上がサステナブル認証を受けたワイナリーで生産されており、ナパ・ヴァレーだけでも多くのサステナブル認証が存在します。

「モンダヴィではナパ・グリーン・ランド(畑とその周辺が対象)やナパ・グリーン・ワイナリー(ワイナリー施設全体が対象)、さらにフィッシュ・フレンドリー・ファーミング(近隣河川への影響も考慮した運用を審査)など複数のサステナブル認証を積極的に取得しています」-マーク・デ・ヴィアMW

一方日本では、湿度の高い環境下での栽培は非常にハードルが高いものです。それでもシャトー・メルシャンを始め多くのワイナリーが農薬の使用量をできるだけ減らし、サステナブルな運用を始めています。

現時点で日本国内にはサステナブル認証制度はありませんが、SDGsへの取り組み先行しているアルベール・ビショー、トラピチェ、コンチャ・イ・トロなどのパートナーを持つシャトー・メルシャンなら、彼らからの情報を積極的に活用し、日本らしい環境に配慮したワイン造りを更に発展させていく可能性があると言えます。長期的な視点に立って地域のために何ができるのか。これもまた、両社が共通して目指す道と言えるのでしょう。

「確かに他の国のワイナリーのやり方をそのまま真似することは難しいでしょう。しかし、私たちも太陽光発電の利用や循環型農業の実現など、様々な取り組みを始めていますし、これからもチャレンジしていきます。」-神藤亜矢

 
 

世界のトレンドと日本ワインの可能性

そんな中、現在の世界のトレンドは日本に追い風となるのでしょうか。今後世界のワイン市場はこれまで以上に競合が激しくなるとマークは分析しています。

「世界のワインの品質はどんどん向上しています。産地やワイナリーに対する品質のイメージを確立し、それを常に高く維持することが求められるようになるでしょう」-マーク・デ・ヴィアMW

世界トップクラスの地位を築いているモンダヴィですら、その脅威を感じていることが伝わってきます。日本のリーディングカンパニーとしてのメルシャンに求められるものも大きくなっていくことは想像に難くありませんが、マークの次の言葉にはそれを乗り越えるヒントが隠されているように感じられました。

「世界の市場にはもちろん様々な流行があります。ただ一つ言えるのは、消費者は今、『良いものになら、きちんとお金を払う』ようになっている点です」-マーク・デ・ヴィアMW

つまり、かつてのように有名な生産地や銘柄だけに注目が集まっているわけではなく、きちんと個性が理解され、価値を感じられるワインであれば消費者の興味を引くことができるということです。

この点で、日本ワインの入り込む余地は十分にありそうです。「ニューヨーク・ワイン・エクスペリエンス」で実際にブースに立ち、世界のワイン愛好家たちを目の前にした神藤もそれを強く感じていました。

「『新しいが個性が感じられるもの』が求められていますよね。弊社のオレンジワイン『笛吹甲州グリ・ド・グリ』の評価はニューヨークでも非常に高かったですから」-神藤亜矢

世界市場ではまだまだ「新しいワイン生産国」である日本。しかし、現在のトレンドの中でそれは大きな強みであるとも考えられます。甲州やマスカット・ベーリーAなど日本固有の品種もまた、国際品種から世界各地の固有品種へと興味がシフトしている世界市場にアピールするには、大きなポテンシャルを秘めていると言えるでしょう。

世界の雄と日本の雄。それぞれのワイナリーを代表する二人の対談は、リーディングカンパニーとして地域や国を牽引していく責任、そして長期的視点で地域社会と共生していくことの重要性とともに、厳しい世界の市場でいかに戦っていくべきか、その姿勢と戦略を垣間見ることのできる熱い時間となりました。

取材・文 小原陽子


【Winemakers’ Gift】

シャトー・メルシャンの造り手と、志を同じくする世界トップクラスのワイナリー「ロバート・モンダヴィ」「アルベール・ビショー」「コンチャ・イ・トロ」「トラピチェ」。この5つのトップブランドから厳選した極上のワインを、造り手の想いとともにお届するサービスを始めました。心が弾むような、素敵なワインの体験をお楽しみください。


▼詳細はこちらから
https://drinx.kirin.co.jp/lp/winemakersgift2111/

~世界トップクラスの造り手たち~

国の文化、社会、環境への責任にリーダーとして共鳴する造り手たち。
世界のワイン業界を代表する5ブランドをご紹介します。

【シャトー・メルシャン】
日本を世界の銘醸地に。
地域、自然と共生し、日本ワインの未来を創る。
日本ワインコンクール金賞受賞最多ワイナリー

 ブランドの紹介:https://drinx.kirin.co.jp/wine/chm/about/?ref=lp_winemakersgift_01

【アルベール・ビショー】

190年以上、6世代にわたり引き継がれ、
ブルゴーニュ地方全体の未来をも想い担う、名門ファミリーワインメーカー

 ブランドの紹介:https://drinx.kirin.co.jp/wine/bichot/about/?ref=lp_winemakersgift_02


【コンチャ・イ・トロ】

世界を凌駕する品質でチリワインを世界に知らしめ、今では140ヶ国以上で愛されている、
自然と共生するサステナビリティのリーディングワイナリー

 ブランドの紹介:https://www.kirin.co.jp/alcohol/wine/cyt/

【ロバート・モンダヴィ】

世界の偉大なワインと肩を並べるワインを造り、カリフォルニアを一躍世界の銘醸地にした「カリフォルニアワインの父」

 ブランドの紹介:https://drinx.kirin.co.jp/wine/mondavi/about/?ref=lp_winemakersgift_03

【トラピチェ】

アルゼンチンワインの魅力を世界に広めたワイナリー
輝かしい受賞歴は真摯なワイン造りと品質の証

 ブランドの紹介:https://drinx.kirin.co.jp/wine/trapiche/about/?ref=lp_winemakersgift_04

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