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2020/06/29

おいしいワインづくりが、豊かな自然をつくりだす。研究者も注目するシャトー・メルシャンのブドウ畑

「日本を世界の銘醸地に」
それは、シャトー・メルシャンの目指している夢です。
日本が世界的にも優れた個性を持ったワイン産地として認められるために、飽くなき探求と挑戦を繰り返し続けているシャトー・メルシャン。その探求と挑戦の歴史は、日本で民間初のワイン会社として誕生した140余年前から続いており、成功も失敗も、たくさんのワイン造りに関わる人々と共有し、日本でしかつくり得ない最高のワインを追い求めてきました。
そんなワインづくりを続けていくシャトー・メルシャンの大切にしているもののひとつがヴィンヤード(ブドウ畑)を取り巻く豊かな自然環境。シャトー・メルシャンでは現在、山梨県、長野県、秋田県、福島県にあるヴィンヤードで、自然、地域、未来と共生しながらワイン用ブドウを栽培しています。

今回は、シャトー・メルシャンのヴィンヤードで生態系調査のスペシャリストである楠本良延先生のお話を交えながら、シャトー・メルシャンのブドウづくりがもたらす効果を探ってみました。

環境保全の観点からも注目されるワインづくり
シャトー・メルシャンのヴィンヤードが今、環境保全の観点からも注目を集めています。
それがヴィンヤードで採用している「垣根栽培・草生栽培」という栽培方法。日本では、ブドウの木を支柱に沿って伸ばし、頭上に枝を張り巡らせていく「棚栽培」と、ヨーロッパのヴィンヤードなどによく見られる、垣根をつくるようにブドウの木を育てる「垣根栽培」があります。
「棚栽培」は、光合成の効率が良く、畑の形を選ばないなどのメリットがあり、「垣根栽培」では、畑の栽培管理がしやすく、収穫量のコントロールがしやすいことがメリットです。品種や土地の特性などに合わせて栽培方法を選んでいるシャトー・メルシャンの自社管理畑では、主に「垣根栽培」を採用しています。
垣根栽培は、頭上に枝が伸びないので、地面には太陽が降り注ぎ、草花もブドウの木と共に茂る光景が見られます。この栽培方法、実はワインづくりだけでなく、生物と環境にまつわる「生態学」の研究者も注目するほど、環境保全への効果が大きいのだそう。

「ヴィンヤードの垣根栽培は日当たりの良い緩斜面で行い、土壌が流出しないように草花を生やします。すると、ヴィンヤードの下草は草原のようになっていくわけですが、現代ではその草原という環境がとても貴重な自然の場なんですね。


(遊休荒廃地:山梨県天狗沢)

この100年で草原は日本から失われていき、今では国土の1%を切ってしまいました。そこで生きていた植物や昆虫、鳥などの動物も住み処がなくなり、一部は絶滅へ向かっています。

ところが、椀子(長野県)や城の平(山梨県)といったシャトー・メルシャンのヴィンヤードでは、草原化することで、減ってしまった動植物たちが戻りつつあるのです」と楠本先生。

〈遊休荒廃地:山梨県天狗沢〉

実際、遊休荒廃地(農作や耕作が行われていなかった土地)となっていた場所を活用して開場した長野県上田市の椀子ヴィンヤードでは、今では288種類の植物、168種類の昆虫が観測できるようになりました。その中には、絶滅が危惧されている「スズサイコ」や「カワラナデシコ」といった植物や、山梨のヴィンヤードでは野生種では珍しくなってしまった「キキョウ」、日本古来の野生蘭である「キンラン」や「ギンラン」も発見されています。

さらに、注目することは、絶滅危惧種にも指定されているオオルリシジミという蝶の唯一の食草である「クララ」が見つかったということ。昨年からは、ボランティアの方と一緒にこの「クララ」を再生していく活動も行っています。研究者として楠本先生は、「クララの再生と共にオオルリシジミがヴィンヤードに根付くようなことがあれば」…と夢をいだいているとのことです。楽しみですね!
「そもそもの遊休荒廃地の研究では、そのままにしていても、もとの良好な自然には戻らないといわれてきました。それが、シャトー・メルシャンのヴィンヤードは、害獣を防ぎ、垣根栽培・草生栽培に切り替えて早期に希少種を含む在来の草原性の植物が戻ってくるという成果が確認できたんです。
今後は調査対象を鳥やクモ、ミミズなどに広げて研究を進めていく予定ですので、さらにその成果が見えてくるのではないでしょうか。現在は、椀子ヴィンヤードだけでなく、他のヴィンヤードでも調査を進めており、城の平ヴィンヤードではもっとすごい植物が見つかるのではないかと思っています」(楠本先生)

ワインを選ぶことが自然環境保全につながる

「今までの成果から声を大にして言えるのは、シャトー・メルシャンのヴィンヤードは日本で希少な草原環境を保全しながら、近代農業によるワイン生産を両立している貴重な事例であるということ」と楠本先生は言います。
かつての農業は自然に寄り添う形でないと成立しないものであり、農業活動そのものが自然生態系の維持になっていましたが、近代農業の導入以降はその共存が成立しなくなってしまったのだそう。
「近代農業と環境保全が一致しているシャトー・メルシャンのヴィンヤードというのは、非常に稀な例で、日本の農業でも代表すべき共存状態だと言えると思います。
これはワインを楽しむ消費者にも、実は大きな変化になるのではないでしょうか。おいしい日本ワイン、シャトー・メルシャンのワインを飲むことが、自然環境を守っていくことにもつながるからです。
ワインのおいしさはもちろん、その背景に産地の安心安全、そして自然環境の保全が共存している。これを日本産のワインで実現しているということはとても貴重な例だと言えるでしょう」(楠本先生)

「ワイン造りは農業であり、ワインは農作物である」という考えの元、その土地の個性を最大限に活かすよう、ブドウを栽培し、ワインを造ってきたシャトー・メルシャン。 おいしいワインへのこだわりが、高品質なブドウを栽培することによって、環境保全へとつながり、新しい農業のかたちを提示することにつながっているのです。

<楠本良延先生プロフィール>
国立研究開発法人 農研機構 上級研究員(博士)楠本良延氏
植生生態学、景観生態学が専門。農業により育まれる生物多様性の研究を行っている。最近の研究では「静岡の茶草場農業」における茶生産と生物多様性の関係を明らかにし、世界農業遺産の認定に貢献した。農業生産と生物多様性の両立する研究がライフワークである。

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